言語コミュニケーション教育
学生が主役となり、現代の若者の視点が徹底的に生かされる
インターラクション・オーダーのなかで同輩(協同)学習をめざす
トークにおいて他者認識の多様さを知って、自己認識を広げる
学生一人ひとりがトークを重ねて自分の思考回路を形成する
想像力・創造力を拓き、口頭・文章による自己表現力を高める
文責: 清水 豊子
言語コミュニケーション教育
教育学部共通科目、2単位、1年次生(85名)対象、2004年後期実施
清水 豊子(千葉大学教育学部教授)
特になし。(ただし、ソフォクレス作『オイディプス王』およびイプセン作『人形の家』は必読課題のため、各自入手する)
現代は社会のあらゆる分野で豊かなコミュニケーション(人間関係)が自然発生的に生まれることが少なくなりました。今や教育の分野でも、言葉を介したコミュニケーションの楽しさと大切さを次世代に積極的に伝えていかなければならない時代です。そこでこの授業では、「コミュニケーションを通した大学生の相互理解と主体性の確立」が大きなテーマとなります。この授業は知識伝授型とは正反対に、学生を受講生という受身的な立場から解放して積極的な参加者・思索者にすることによって、「大学生の視点」を徹底的に生かし、学生を主役にした授業を模索・創造しようという新たな試み(2年目)です。
授業では、学生一人ひとりが一連の対自・対人課題を遂行する体験を通して、自分のなかに潜在する想像力・思考力・創造力を掘り起こし、自己理解と他者理解を深めながら自分の思考回路を構築して、大学生としての主体を形成し得るような方向を目指します。そのために、毎授業に導入する小グループトークにおいて相互作用秩序(インターラクション・オーダー)が成立・展開するような授業をデザインすることによって、学生同士が相互に学び合い成長し合える学習環境を整えます。それによって、最初は自分の視点が未熟かつ曖昧であっても、学生たちは徐々に自分や他者を見つめ直し、自分の頭で考えることの意義や充実感を知り、自分の視点を確かなものにしていくことが可能になります。最終的には、通常の知識伝授型の授業では学び得ない多様なこと(他者の多様な認識のあり様に気づくこと、身近な関心事を基に考える楽しみを知って自分なりの思考回路を築くこと、自己認識の客観化・変容・拡大を図ることなど)を学ぶ機会を提供することを最大の目的としています。
※Education is an admirable thing, but it is well to remember from time to time that nothing that is worth knowing can be taught.(Oscar Wilde)
【学業への動機づけをはかる導入教育として】
大学における学術の知的伝統と大衆化した学生の学習意欲・知力との間に接点を見つけるのがむずかしいほど大きなギャップが生じた結果、授業がうまく機能しない、学生の学びが身につかないなどの問題が生じて、大学教育はかつてないほどの困難な時代を迎えています。そのような状況下にあって、この授業は、長年異文化教育(英語による文学教育)を担当してきた立場から、入学時にはしっかり抱いていた勉学に対する初心をいつの間にか忘れ学習意欲を失いがちな1年生に対して、時代に合ったカリキュラム開発(この場合、導入教育)の一端を担えないかという実験的精神で学生中心の授業を設計し実施したものです。
大学教育の阻害要因として、世間では「学力低下」が話題になりますが、「人間的諸能力の未開拓・未成熟」も大きな問題ではないでしょうか。人間的諸能力とは、言語にかかわる想像力・理解力・思考力・コミュニケーション能力・創造力などのことで、それらの諸能力によって培われる人間の一定水準の精神構造(mentality)は大学教育を受容・消化するために基本的に必要なものです。たとえば、そうした諸能力が一体となって初めて可能になる直感的思考は、Jerome Brunerが説くように(参考文献参照)、どういう学問分野であれ、仮説や生産的思考を生み出すために欠かせません。そこで、「文学や芸術の分野で確かな直感を育むことが大切」(Brunerの言)なのですが、実際には、そうした諸能力がバランスよく開発され、直感力が育まれる機会は激減しています。分析的思考はもとより、直感的思考の衰えは、文系の授業では、「読解力の低下」、さらには、書き言葉と話し言葉両面における「自己表現力の低下」として顕著に現れています。このように、「学力」という骨格部分を柔軟に支える「人間的諸能力」が十全な発達を遂げていないことも、大学教育の可能性を狭めている要因と推定されます。そこで、この授業は、学業への直接的動機づけからは程遠くとも、大学生の学びを土台から補強・支援して、潜在しているはずの人間的諸能力を開拓し、かつそれらの駆使力を高めることを目指しています。
また、今や大学教育を潤滑に進めるには、単なる学習技術だけでなく、学びへの動機づけを図って学生の意欲を引き出す導入教育が必須です。そのため、本授業では、どちらかというとインプットよりインターラクション及びアウトプットを重視しています。すなわち、学生に網羅的な知識を注入するよりも、必読書や同輩学生の声などに基づいて設計される一連の言語コミュニケーション課題に取り組むように促し、自力で読み考えたことを語り合う体験を共有することを大事にしています。学生が課題に生き生きと取り組めるような授業になれば、学生参加型の授業がうまく機能して、学生一人ひとりが自己や他者をじっくりと見つめ直し、自らの思考回路を徐々に築いて、自分の視点を意欲的に具体化・客観化・深化・結実させていく流れが生まれるからです。(ただし、2004年度には、前年には使わなかった2編の戯曲を加え、言語芸術によって生きた時代も社会も違う人間の人生や考え方を学ぶ機会も提供しました。つまり、インプットの量も質も上げたのです。)
【学生参加型授業を機能させるための教授モデル】
学びへ動機づけるために、この授業では、一貫して、あらかじめ用意した一つの教授モデル〈Input ⇔ Interaction ⇔ Output〉を使っています。これはすでに述べたように、毎回の授業において、インプットだけでなくインターラクションとアウトプットも重視するということです。しかも3つの段階を一直線に進むのではなく、螺旋状に進むということです。この授業の場合、インプットとは、授業の内外で指定テキスト(他者の体験談、必読書、同輩学生の声など)を自力で読み考える過程、インターラクションとは、小グループトークにおける相互作用の中でテキストや自己・他者の理解を深める過程、アウトプットとは、トークへ参加・寄与しながら随時自分の考えなどをワークシートに記入する口頭および文章による自己表現活動、及びそうした思索の結果としての産物(エッセイ)を意味します。
【学生が主役の授業をつくるトークとワークシートの役割】
この授業では授業者が用意した授業内カリキュラムを演じるのは学生であるため、学生が指定された資料や本を主体的に読んで考えること(インプット)、小グループで模索的・発見的に語り合うこと(インターラクション&アウトプット)に充実感と意義を感じなければ、授業は成り立ちません。換言すれば、毎回の授業にツールとして「トーク」を使うため、トークが活発に順調に進行しなければ、何も始まりません。「トーク」は、テキストや授業内容が学生のニーズと違い過ぎても、その進行を学生に自由に任せすぎても、うまく機能しません。そこで、教育の質にも目配りしながら彼らにとって興味深く理解可能なテキストを選ぶと同時に、彼らの意欲や思索や議論を促進するような授業の流れをワークシート上に創るようにします。授業者は毎回学生が書いたワークシートに目を通し、それを反映させながら以後のワークシートを作成していきます。トークの過程で学生間に相互作用秩序(インターラクション・オーダー)が自然に生まれて、学生同士が相互に学び合い成長し合えるような学習環境を提供できるように、授業をデザインすることに努めます。こうして授業者は、ワークシートを通し、学生を授業にしっかりと巻き込むような授業設計を行うことになります。なお、相互作用秩序とは、社会学者Erving. Goffmanの言葉で、Martin J. Maloneに受け継がれた概念です(参考文献参照)。本論では、トークにおける相互性のなかで生まれる参加者の行動的秩序のことで、この秩序のなかで参加者は自己を創ったり維持しながら相互に学び合う関係を成立・発展させていくという仮説が想定されています。
「トーク」と「ワークシート」は相補的なもので、学生が自力でインプットした知識を検証して既存の知識と同化・調整することによって学びを身につけるためのアウトプット用のツールとなります。「トーク」とは、主張を競い合うディベートや終始理詰めに議論するディスカッションとは違い、「小グループの親密な関係のなかで、雑多な知識を基に探求的な態度で考えを進めながら、何かを洞察しようとする即興の会話」と定義しています。テキストに基づく論理的な議論だけでなく、直感的理解や創造的解釈の表出も大切にして、諸事を探索的・洞察的な態度で考えることに価値を置いています。このトークが順調に進むかどうかは、学生たちを支える「ワークシート」の出来次第です。彼らはワークシートに示唆された授業の流れに沿ってトークを続けて、他者の多様な見解をメモしたり、自分の気づきなどを記述しながら、徐々に思考回路を形成していきます。「ワークシート」は授業設計の具体化そのものであり、学生に初対面のメンバーとの「トーク」を促し、随所で自分の思いつきや他者の見解が記録にとれるようになっていて、次々と思索を促し確かなものにするものです。
もちろん学生たちの関心や緊張感が続くように常に気を配っていないと、学生参加型の授業もすぐに形骸化する危険を孕んでいます。そこで授業者は机間を回りながら、各グループのトークがうまく進展しているか、ワークシートが記入しにくくないかなどを確認したり、適宜補助自我的な助言(意見ではなく、傍白のような何気ないつぶやき)を残したり、トークが渋滞しがちなグループのメンバーを次回に入れ替えたりします。なおトークの内容にどんな思い込みや未熟さがあっても、授業者がそれを直接質すことはせずに、学生間の相互作用秩序のなかで修正されるのを待つか、多少のヒントを与えるに留めます。また、クラス全体で理解や意見の多様性を共有するため、授業の途中でトークを中断し、グループ間の意見交換を行う場を設けます。学生たちが主役なので、授業者は主役が動きやすいように脇役兼演出家に徹して、多少の解説や助言をしたり授業が順調に進行するように全体に気を配ります。
教室全体で4人グループのトークが進行中(2005年度)
【学生本位の授業をめざして】
この授業は本学部では2年目の新しい授業です。今までに同種の教養科目を半期2回担当したことがあり、30名以下の受講生を対象に毎回1、2名のスピーチを基に授業を展開させ、「トーク」や「即興劇」も導入しました。学生たちの関心は高く、授業はうまく機能しましたが、学生の学びという点で授業全体を貫く教育理念がまだ欠けているように思いました。その欠点を今回の授業ではかなり補うことができたのではないかと考えます。というのも、溝上慎一氏の授業(本ネット上の授業NO.001「大学生の心理学ー学び支援プロジェクト(大学生活編)」)を参観する機会を得て大いに啓発され、自分の授業を見直して改善を重ねたからです。第一に、導入教育では学業への動機づけ(モティベーション)が緊急課題であること。そのため、第二に、迷える新入生にとってはまず身近かな視点で考えることが大事だということ。第三に、毎回の授業(横軸)が上首尾に機能するだけでなく、授業全体を貫く核(縦軸)も必要だということ。授業後半の核に、教え込まれた知識の論理的考察を求めるレポート・ライティングではなく、大学生の眼で身近な問題を思索的に探求するエッセイ・ライティングを据えたのもそのためです。授業は生きもので、去年はうまく機能しても、同じ内容と方法では今年は機能しないかもしれません。この種の授業の場合、毎年学生の反応をしっかり受け止め、彼らの学びの習得状況を適切に判断して授業をデザインする必要があり、そうすることで常に新鮮な学生本位の授業を創ることをめざしています。
第1回:「悩める他者、理解できますか?」
(1) この授業の目的・方法・評価などについて解説する。
(2) 各自、ある大学生のうつ体験記「温かさを力にして」(毎日新聞2004.9.28.付)を読んで、ワークシートの設問に応える。【対自課題】
(3) 小グループ(3,4人)をつくり、体験記についてトークを行い意見交換する。【対人課題】
⇒〔授業者ひと言〕
学生参加型の授業に適する教室がないのが悩みです。定員30名のところ、100人以上が詰めかけ、4人掛けの固定椅子が2列(縦9列で計72人分)並ぶ教室は超満員でした。学生の意欲を大事にする授業の性格上、選抜は行いたくないため、学生が自由に座った状態で1列目の4人が後ろを向いて2列目の4人と組んで2グループをつくるという形で、小グループをたくさんつくりました。座れない学生は立ったまま解説を聞いて、その後隣室でトークを行いました。上記 (2) の体験記の選択に関しては「どれを選ぶか、何篇選ぶか」でずいぶん迷ったのですが、上記の1篇に絞った結果、幸いにも、学生たちが関心を示し、トークも順調に滑り出しました。ウォーミングアップ効果も生まれたと思われます。
(4) 学生一人ひとりに、読書体験・文学書の存在理由・大学生になっての気がかり(悩み)について記述を求める。【対自課題】
※これらは、履修生の精神構造を把握・理解して、どんな授業が可能かの判断材料にすると同時に、今後の教材に使用する。
(5) 次週までの必読課題、ギリシャ悲劇のソフォクレス作『オイディプス王』について説明。
※この戯曲は大変に短く、ミステリー(推理劇)を一気に読むように読める点を強調し、コーラス部分の翻訳は読みにくいので、立ち止まらないように速読で読むのがコツなどと助言。また、第2回の授業はこの作品を読んでこなければ、出席しても意味がないことを伝える。なお、本の入手方法についても、単行本を買う方法、図書館で借りる方法など、できるだけ懇切丁寧に説明する。
第2回:「オイディプスの苦悩、理解できますか?」
※オイディプス王についてのワークシートは、「英米文学セミナー」のウォーミングアップの項を参照。ワークシートには、もう一度、授業の確認事項も掲載した。1. 受講生一人ひとりが毎回の課題に真剣に取り組んで、授業の中で考える習慣をつけること、2. 『オイディプス王』という言語芸術を通して、試行錯誤しながら「他者を理解するとはどういうことか」を考え、自己理解につなげていくこと、3. 毎回、トーク(口頭)だけでなくワークシート(文章)上でもしっかり自己表現しているかどうか、思索の流れがわかるように記述したかどうか、各自確認すること、など。
(1) 大雑把な設問で、各自の『オイディプス王』の読後感の記述を求める。【対自課題】
(2) 詳細な設問に沿ってトークを進め、人物や作品の理解を確実なものにする。【対人課題】
⇒〔授業者ひと言〕
ギリシャ悲劇の自力通読という課題で受講生がかなり減ると踏んだものの、あまり減らず、結局85名が全授業の最後まで残りました。そのため、途中で72人教室から 100人教室へ移動。学生参加型の授業としては受講生が多い上に、学習環境も良くなかったので心配したのですが、学生たちは概して意欲的で、毎回授業は順調に進みました。受講生がトークに意味を感じなければ、授業は成り立ちません。トークを機能させるための授業者の難題は、一人で多人数のトークを統括し、毎回ワークシートを読み後の授業にいかに生かすかを考えることでした。なお、トークが進展していないと思われた2,3のグループは、早い段階でメンバーの入れ替えを行いました。
第3回:「作中の人物を通した他者理解〜わが身をふり返る」
(1) 『オイディプス王』について、前回学生から出された疑問点をリストアップ。それらについてトークを行い、人物や作品の理解を深め、創造的解釈を試みる。【対人課題】
⇒〔授業者ひと言〕
(1) のトークが盛り上がって時間切れとなり、後半に予定した「わが身をふり返る」は断念。次回に本題に入るため、第1回「大学生になっての気がかり(悩み)」を深めるつもりでしたが…。
第4回:「大学生としての日常的な悩みについて考える」
(1) ギリシャ悲劇の主人公の非日常的苦悩を考えた後で、現代の大学生としての自分たちのごく日常的な気がかり(悩み)について、以下の3つの側面から考える。【対人課題】
※資料は、第1回「学生の声(今の自分)」から抜粋して、トークが活発になされるように3種類に分け、簡潔なものを作成した。なお、ようやく母体となるグループ分けが行われ、グループが固定された。
- 自分の能力・成熟度・自立度について
- 大学生なのになぜ楽なほうに流れ、本気で勉強する気になれないのか
- 自分の将来について
(2) 授業の最後に、本日のトークの印象、本日の学び、自己発見について記述を求めた。【対自課題】
⇒〔授業者ひと言〕
授業後の感想によると、この日のトークで学生の多くは「不安や悩みの分かち合いが情緒安定化と相互理解を促し、他者の多様な見解を知って自分の思い込みを打破し、他者をより良く理解し自分を見つめ直した」と。また、授業から学んだこととして、「視野が広がった」「自分の考えが広がった」などと記した学生が少なくありません。もちろん、まだ「そんな気がする」というレベルですが、学生たちが相互作用秩序のなかで学びとるものは人が教えようとして教えることのできない貴重なことのように思われます。
第5回:「大学生として学業(授業・自主勉)について考える」
※「自主勉」という言葉は、前回のある学生のワークシートから借用。
(1) 各自で、先週のワークシートから抽出された3つのトークポイントについて、自分の考えを記述する。【対自課題】
- 小学校教師になるための学びのヴィジョンについて
※中学校教師志望者も若干名いるが、大半が小学校教師志望者のため。 - 大学の授業に対する満足(不満足)度と自分の受講姿勢について
- 高校までの勉強と大学の学びの間のギャップをどう埋めるか、また自主勉をどう始めるか
(2) 同じ3つのポイントについて、小グループトークで意見交換し、議論を行う。【対人課題】
(3) 「次回までに、自分が問題提起したい視点を、身近なテーマ(大学生としての自分、大学生活、学業への思いなど)の範囲で、短くても具体化(文章化)してくるように」と指示。

4人グループのトーク風景〜机間を回る筆者(2005年度第4回授業より)
第6回:「大学生としての自分の問題意識を提起する」
(1) 「今、社会が大学生に求める能力とは?」と題した、文部科学省の冊子から引用した2つの図表を使って、解説。
※平成15年10月7日に中央教育審議会が出した『初等中等教育における当面の教育課程及び指導の充実・改善方策について』 によると、ビジネス界でも、今後必要となる能力として、「問題を発見する力」と「論理的に考える力」が上位1,2位に挙がり、大学教育界でも、学力低下が深刻だと思われる側面として、「自主的・主体的に課題に取り組む意欲が低い」や「論理的に思考し、それを表現する力が弱い」が上位1,2位を占めていることなどを簡潔に解説した。それは、やがて自分の問題意識をしっかり捉え、論理的に探求し、自分の見解を他者へ発信することの大切さや意義に気づくように導くため。
(2) 各自、用意した問題提起の文章を点検し、小グループトークで順番に自分の意見を発表し、その後質疑応答・意見交換を行う。【対自・対人課題】
(3) 「本日、トークを通して自分の問題提起を客観的に見直す機会をもったので、論点をさらに深め、2週間後の授業までに原稿(エッセイ第1案)にしてくるように」と指示する。
※今後の授業予定、そして4週間後にエッセイの完成稿の提出については授業の初めに説明済みで、最後に「エッセイ・ライティングの要領」について文書と口頭で懇切丁寧に説明。技術的な面だけでなく、自分の思いや考えを文章で伝えるというコミュニケーション能力は大学生の基本的教養であり、自分のメッセージを他者に確実に伝えるように文章を何度も推敲することが大切だということを力説した。
第7回:「『人形の家』を通して、自立について多角的に考える」
(1) まずは文章完成法のスタイルで、各自の読後感の記述を求める。【対自課題】
(2) 一連の設問に沿ってトークを楽しみながら、一人ひとりが人物理解や作品解釈を深める。【対人・対自課題】
⇒〔授業者ひと言〕
エッセイ・ライティングの間にこのような必読課題を課したのは、エッセイで自分の大学生としての生き様をしっかり見つめるに際して、まず他者の人生を通して「生きるということ・自立するということ」を考える機会を提供したかったのですが、結果的に、彼らは自立問題に大きな関心を示しました。エッセイで自分の自立問題を取り上げる学生もいました。
第8回:「エッセイの素案を発表し、意見を交換し合う」
(1) 新鮮さと多様さを求めて、新たなグループ(一部シャッフルして新たな2列8人集団をつくり、それから4人グループへ)において互いのエッセイ素案に関する質疑応答や意見交換を行う。【対人課題】
(2) 最後に、トークでの成果を生かすと同時に、本や情報、他の人の意見を積極的に活用して、自分のエッセイの肉付けや客観化(実証化)を図るように、再度勧める。【対自課題】
(3) 次回までに、さらに推敲したエッセイの第2案を持参するように指示。【対自課題】
第9回:「エッセイの推敲版を発表し、意見を交換し合う」
※解説とワークシートは、第8回とほぼ同じ。
(1) グループをさらにシャッフルし、新たなグループで前回と同じ手順で意見交換し、エッセイの中味・構成を再考する。【対人課題】
※前年は希望者がいれば授業者がエッセイを読んでコメントしたが、今回は推敲のプロセスでは一切関与せず、疑問・質問・意見を出すのは同輩グループのみ。そのほうが学生同士の意見交換に勢いと意味が生まれる。学生たちはトークを重ねるなかで、インターラクション・オーダーから多様な意見を受けとめるすべを学んでいるので、自分のエッセイに対する同輩他者の意見を建設的に受けとめて自分の見解の推敲に自然に役立てていくようです。ただし、学生によって受けとめ方と真剣度はかなり違う場合があります。
(2) 次回までにさらに推敲して、エッセイの完成稿を持参するように指示。【対自課題】
(第10〜12回/毎回の授業=横軸と授業全体=縦軸の統合)
第10回:「冬休みにお互いのエッセイを読むための準備」
(1) 全員のエッセイの完成稿を集め、相互評価のためにA群とB群(いずれも40人あまり)に分けて、印刷担当者が必要部数を印刷し、小冊子をつくる。
(2) 教室に残った学生たちは、相互評価の3つの基準を話し合って結論を出し、板書しておく。小冊子が出来上がり、配布が終わってから、クラス全体で3基準を決定する。
※決まった評価基準は、1.メッセージの明確さ(わかりやすさ)、2.客観的論理性(説得力)、3.ユニークさ(独自性)でした。
(3) A群とB群のエッセイを収録した2種類の小冊子は、相互評価シートと一緒にそれぞれの学生に配布する。そして「履修生は所属する群の全エッセイ(40あまり)を冬休みを利用して読み終え、相互評価を試みるように」と指示。
第11回:「皆のエッセイを読んで感じたこと・気づいたこと」
(1) まず各自に、皆のエッセイを読んで最も強く感じたこと、興味をもったエッセイとその理由について記述を求めた。【対自課題】
⇒ 第11回 学生の声(エッセイ読後感)
⇒ 第11回 学生の声(最も興味深いエッセイ)
(2) 次に、各グループでフリートークを楽しむ。【対人課題】
※これに大半の時間が使われてしまい、関心をもったエッセイの著者とのトークと相互評価シートの集計は時間切れとなった。
(3) トークでのさまざまな意見交換を経て、自分のエッセイについてのふり返りと皆のエッセイを読んで相互評価をした体験そのものについて記述を求めた。【対自課題】
⇒ 第11回 学生の声(自分のエッセイのふり返り)
⇒ 第11回 学生の声(エッセイの相互評価体験)
⇒〔授業者ひと言〕
学生たちの〈自分のエッセイのふり返り〉を読んで、授業者は正直のところ、同輩学習(協同学習)の教育効果がこんなにあるものかと驚きました。多くの学生が他者の文章と比べてしっかり自己分析し、自分の文章は具体性・深め具合・分析・論理性・客観性・文章表現力・調査力などが足りないと記しています。同輩他者の多数のエッセイを読み相互評価する体験が、自分のエッセイと比較考察する機会にもなり、学生たちは予想以上にしっかりとした判断で真摯な自省を行っているのです。教師のコメントで気づくより、自分自身で気づくほうが効果的のように思われます。一方、「自分と向き合う(見つめ直す)本当にいい機会だった」などと肯定的な反応を記した学生も少数いましたが、彼らはおそらくベストを尽くして充足感を得たのでしょう。なお、表面には現れませんでしたが、この他に自省派、充足派のどちらにも入らない中間派もかなりいたはずです。
(4) 次回に向けて、各グループでスピーチ(口頭発表)する人を推薦する。
第12回:「授業のプロセスと産物をふり返る」
全員の相互評価シートから、履修生一人ひとりのエッセイに対する全員の「評価とコメント集」を作成し、配布した。
※履修生一人ひとりが、他者による様々な評価やコメントを知ることに意味があると考える。
(1) 先週のワークシートから作成した4種類の「学生の声」を掲載した資料(計10頁)を配布し、解説をしながら授業者も意見を添えた。
※履修生一人ひとりが、他者の感じ方・考え方が実に様々であることを認識することがすなわち自分を見つめ直す力や他者を理解する力になりうると考える。
⇒〔授業者ひと言〕
冬休みとはいえ、40余名のエッセイを読んで評価するのは容易ではなかったでしょう。全部を読めなかった学生も当然いたと思われますが、全部をしっかり読んだ学生もいました。ある学生は〈最も強く感じた読後感〉として、「多くの学生が現在を見つめ直し、『勉強をしていない』という焦燥感に駆られていることに正直驚いた。学生個人の問題としてではなく、大学もしくは社会的な問題として扱うべきなのだろう」と記していました。まさに、学び支援、学びへの動機づけの導入教育が必要なゆえんです。また、別の学生は〈最も興味深いエッセイ〉について、「どのエッセイというよりも、全てのエッセイに興味をもった」と述べ、この先の人生で困った状況に陥ってもここに答えがあるような気がして、「大学生活のバイブルの一部になった」と記述していました。
(2) 各グループ推薦の候補者を9人に絞って、彼らが自分のエッセイを基に5分間スピーチを行った。聞き手の心に残ったスピーチは多様だったが、特に話術にも優れた2人が人気を二分した。
◇学生のエッセイをいくつか、当人の了解を得て、ここに紹介します。
幸せを探す旅 (FKさん)/自分を見つめて (SNさん)/学業への思い (AAさん)/大学で学ぶということ (OOさん)/大学生は勉強しなくてはいけないのか
(ASさん)/弱さと向き合う (JKさん)/今を生きるということ (MOさん)/心を開く (YHさん)
この授業は、学生たちが同輩他者とトークをすることに意味を感じなければ、トークが空回りして機能不全を起こします。そのため、教材の選択、ワークシートの作成、「受容的」な態度に最善の準備と配慮をしました。「受容的」とは、授業者は多少の解説はしても、自分の考えを前面に出すことはほとんどしない(出すとしても最後の最後)ということです。徹底的に学生の視点を大事にするには、多少の偏りや思い込みや未熟さがあっても、それらが学生間の相互作用秩序のなかで修正されるのが望ましいと考えるからです。
〈Input ⇔ Interaction ⇔ Output〉という教授モデルを使ったこの授業の背景には、「インターラクション&アウトプット仮説」があります。これは今までの授業実践から筆者が推論したものです。すなわち、授業がうまく機能すれば、学生一人ひとりに次のような一連の体験学習が成立するというものです。(1) 口頭・文章による言語表現力を高める(自己表現・コミュニケーション体験)、(2) 他者の多様な認識の有り様を知る(驚き・共感などの情緒を伴うコミュニケーション体験)、(3) 自分をふり返り多様な気づきに至ると同時に、多角的視点で考え始める(自己発見と思考回路の形成体験)、(4) 新旧の知識を検証しつつ同化・調整する(より確かな学習体験)、(5) 視野の広がり、自我の拡大を実感する(精神的成長体験)、など。
2004年度においては、学業へしっかり動機づけられたかどうかは別にして、またエッセイという産物(アウトプット)の出来はいろいろですが、学生たちのトークへの集中度や彼らが次々と発する声(ワークシート)からみて、「インターラクション&アウトプット仮説」にかなった学習過程を経験した学生が大半を占め、授業は順調に進んだと判断しています。やる気を出した学生たちの探究心にはすばらしいものがあります。かつてに勝るとも劣らぬところがあります。ただ、2005年度の授業風景を録画しながらふと気になったことがあります。授業者は冒頭の数分を使って多少の話題や指示を出すほか、途中で進む方向を確認したりクラス全体での情報交換を促進したりしますが、初回の授業から最終回の授業まで、毎回ほとんどの時間を、学生が不便な学習環境(大教室)でトークし続けることで成り立っているこのような授業の存在を他の人々は信じられるだろうか、ということです。
長年10〜15人ほどの少人数クラスを担当してきて、今やそれらを学生の学びの場にするのも容易ではないのに、このような授業がよく機能するものだと授業者自身も不思議な思いに捉えられることがあります。しかし、授業は機能しても、学業への動機づけは容易なことではないと実感しました。今はまさに、溝上氏が授業NO.001「大学生の心理学」で指摘しているように、「学生を大学で勉強させたければ、勉強のことはいったん横に置き、学生自身の生きる世界から出発して、そこから大学とは自分にとってどういう意味があるのか、学業は自分にとって何なのかを位置づけさせる」ことがまずもって大切なのだと痛感します。今の大学生は、昔の大学生ほどに深くは悩まないものの、その分今の自分や将来に気がかりや不安をたくさん抱えていて、それらについて同輩と語り合うこと(相互理解)を必要とし、かつ同輩との相互作用から多くを学ぶこと(同輩学習)によって、自分を客観視するようになるだけでなく、少しずつ視野を広げ、多少とも行動への意欲(主体性)を喚起され、自分を変えるきっかけをつかむからです。
もう一つ不思議に思うことは、授業者が組織的な知識伝授を一切行わないにもかかわらず、学生たちはこの種の授業に対して、「視野が広がった」という反応・評価を示すことです。実際に、「第4回 学生の声(授業後のリフレクション)」にあるように、この授業でもすでに4回目にして、授業から学んだこととして、学生の間から「1つの問題を考えるにしても様々な考え方や視点があり、自分の視野が広がった気がする」とか「他の人の考えに触れることで自分の考え方が少し広まった気がした」といった声が相次ぎました。いささか皮肉な現象ですが、2005年前期に担当した単発の別の教養科目の授業評価でも、そのような傾向が見られました。少人数クラスのため授業の方法も内容もかなり違い、毎回学生のスピーチを基に展開させ、「トーク」のほか「即興劇」も導入した授業です。授業者には、「これでよかったのか」と迷いの残る授業でした。しかし、以下の「学生の授業評価」にあるように、学生たちが最も評価した点はやはり「視野の広がり」でした。なお、事務方から求められて記した授業者の「自己評価コメント」」も添えます。
⇒ 同種の授業に対する「学生の授業評価」 / ⇒ 授業者の「自己評価コメント」
2005年の秋学期にこの授業も3年目を迎えました。3年目も順調に滑り出しましたが、第4〜6回の自分たちの問題意識を探り当てる過程で全体的に「問題を発見する力」が今までより弱いと感じられ、それが授業者に突きつけられた新たな課題です。今後授業をどう進めるかが考えどころです。3年間、一貫して授業ツールにトークとワークシートを使う方法論は同じですが、授業内容は2年目にかなり変えて、インプット(古典の自力講読)を増やしました。3年目はインプット教材は2年目と同じものを使っています。学生たちの反応は2年目と違っているので、学生の声から作るトーク資料は変わっています。(11月中旬現在、受講生56名)。
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清水豊子 2004 「自己表現とインターラクションを通した大学生の学び」、溝上慎一編『学生の学びを支援する大学教育』東信堂








