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大学における学びの探求 −学び支援プロジェクト[学び探求編]−

(1-b) 学生の学習支援・導入教育

大学での学びを探求する

リフレクション・シート
その日の授業で考えたこと,学んだことを言語化する

内容の構造化法
思考のプロセスを構造化してまとめさせる

文責: 溝上 慎一

動画01 動画02 動画03

*動画は授業の雰囲気を伝えるものです。頁内容とのリンクは基本的にありません

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◆授業科目名:

大学における学びの探求 (シラバス1シラバス2

◆授業者・授業協力者:

◆テキスト:

高橋順一・渡辺文夫・大渕憲一 (編著) 1998 『人間科学研究法ハンドブック』ナカニシヤ出版

◆授業のテーマと目的:

この授業は,京都大学の学生に自分の「学び」について考える一機会を提供するものです。近年,授業に身体だけ運んで講義を受ける, いわゆる「お勉強」に長けるだけ の学生が増えているといわれますが,大学で「学ぶ」ということは,自らの興味 ・関心を見つけそれを 自らの意志で探求し深めていくものと考えます。大学改革の中で京都大学は, 研究大学としての使命をますます担うことになるでしょう。 そこでは,学生の自主性を尊重してきた京都大学の自由の学風の意味が,ますます問われることになるやもしれません。受講する学生には, 学問に関する知識や情報を伝達されロボットのように頭に詰め込んでいくのではなく,自分から何をやりたいか,何を学びたいかを 主体的に見つけ,自ら知識や情報の価値を判断し学んでいってほしいと願います。幸い,京都大学にはすぐれた教授陣が存在しその 学問レヴェルの高さは定評があるとされています。図書,文献,史料も充実しています。仲間の学生にも優れた質を持った者が多くいるはずです。 受講学生にはこうした人,物, 伝統を活用した学びを見つけて欲しいと期待します。

◆共同研究者(敬称略):
水間玲子(奈良女子大学文学部助手)
尾崎仁美(京都ノートルダム女子大学人間文化学部講師)
井下 理 (慶應義塾大学総合政策学部教授)
杉原真晃(京都大学大学院教育学研究科修士課程1年)
藤岡完治(京都大学高等教育教授システム開発センター教授)
(注)藤岡完治教授は当初授業者として授業に登板する予定であったが,ご病気のため, 結局授業には参加されませんでした。ここでは共同研究者として名前をあげておきます。

この授業は,学生の学びを支援するプロジェクト(学び支援プロジェクト)の授業です。はじめは,大学教育改革の高まりの中, 近年急速に実践されるようになった導入教育に関連しておこなわれました。

導入教育には,一般的に「講義の受け方」や「ノートの取り方」「レポートの書き方」といった学習スキルの教育から, コンピュータ・リテラシー,情報リテラシーの教育,ひいては図書館の使い方などまでさまざまな内容があります。 その中でも, 学生に学びの動機(モチベーション)を与える導入教育はきわめて難航しているといわれています。 本授業は,学生に大学における 学びの世界へ誘う 「学び導入教育」の1つとしておこなわれたものです。

導入教育は,1回生を対象におこなわれることが多いようです。 したがって,「一年次教育/初年次教育/フレッシュマンセミナー」 とも呼ばれます。 しかし,学生の学びの問題は,各学年それぞれに独自の姿を露呈します。本プロジェクトは, 1回生だけを対象として 限定せず,大学生全体を対象とします。

学び支援プロジェクトは,2つのバージョンから構成されるものとして授業開発が進められています。1つは,学生の学びを「大学生活」や 「大学生」という側面から焦点を当て支援しようとする「学び支援プロジェクト−大学生活編−」(以下,大学生活編) であり,2001年度後期に授業科目名「大学生の心理学」(全学共通科目1−4回生対象,受講学生約35人)として実施されました。 もう1つはここで報告するものであり,大学における学びを真正面から問題にし探求することで,学生たちの学びを支援しようとする 「学び支援プロジェクト−学び探求編−」(以下,学び探求編)です

大学生活編では「大学生活」や「大学生」ということを皆の共通の拠り所として,そこに連結してくる各々の問題意識を探求するのに対して, 学び探求編では,はじめから「大学での学び」を基本テーマとして問題意識を設定し探求します。筆者の考えるところでは, どちらから焦点を当てて実施しても,「学生たちの学びを大学生活や人生を包含しつつ支援する」という目標は達成されるはずです。 このことを別々に実施し,検討・実証することが,筆者の当面の作業です。もちろん,大学生活編の授業はより大学生活や 人生に重きが置かれた結果となるでしょうし,学び探求編の授業はより大学での学びに重きが置かれた結果となることは前提です。 そして,筆者のこのように考えていることがさほど外れていないならば,2003年度は大学生活編と学び探求編を融合した授業デザインを考え, より精緻な学び支援の授業としていこうと考えています。

学び支援プロジェクトは,大学生活編,学び探求編ともに,学生の生活世界から出発して,学生に「大学とは自分にとって何か」 「大学で自分は何を学ぶか」ということを考えさせようとする授業です。

2002年度の学び探求編の授業は,<表1>のように実施されました。

表1 2002年度前期「大学における学びの探求」の授業概要
前期
日程
(回数)
授業者 授業ステージ 授業トピック 主な内容 授業外の作業(宿題) その他
4/16
(1)
溝上 導入1 (1)ガイダンス 授業概要   テキスト『人間科学研究法ハンドブック』の紹介
(2)座談会資料を読む 「大学生活をどのように過ごすか」(資料1)
(3)全体ディスカッション  
(4)受講希望レポート *4/19に選出結果を掲示
4/23
(2)
溝上
井下
導入2 (1)鎌田浩毅先生@総合人間学部の講演 「大学生としてどう過ごすか」   ポートフォリオファイルを配布
(2)全体ディスカッション   ML作成
(3)感想レポート 「今日考えたこと,気づいたこと」  
4/30
(3)
溝上 導入3 (1)OB/上回生3人の講演
吉村成弘(生命科学研究科助手)
芦田剛(情報学研究科M2)
山本朋佳(教育学部4)
「私の大学における学び」−体験談と受講学生へのメッセージ− 感想レポート「今日考えたこと・気づいたこと」 懇親会(飲み会)
(2)全体ディスカッション   ネームプレート作成
5/7
(4)
溝上 探求テーマ設定1 (1) 説明 1) 聞く・話すの基本的留意点
2) 自分の問題意識,他者の問題意識の形成発展を目指して
3) ディスカッションとは何か
   
(2)学び課題の設定・プレゼンテーション準備  
(3)グループ・ディスカッション 目標「自らの学び課題は何?」
(4)リフレクションシート 「今日考えたこと・気づいたこと」
(5) 面接 「今日の取り組みの報告」
5/14
(5)
溝上
井下
探求テーマ設定2 (1)前回の反省 ディスカッションの仕方/リフレクションシートの書き方    
(2)学生M君の思考法の紹介 「思考の進め方」
(3)学び課題の設定・プレゼンテーション準備  
(4)グループ・ディスカッション 目標「自らの学び課題を発展させる」
リフレクションシート 「今日考えたこと・気づいたこと」
(6) 面接 「今日の取り組みの報告」
5/21
(6)
溝上 探求テーマ設定3 (1)前回の反省 ディスカッションの仕方/リフレクションシートの書き方    
(2)学生H君,G君より工夫の紹介 学生H君「ディスカッションの時間の使い方」/学生G君「皆の関心をまず聞く」
(3)学び課題の設定・プレゼンテーション準備  
(4)グループ・ディスカッション 目標「自らの学び課題を発展させる」
リフレクションシート 「今日考えたこと・気づいたこと」
(6) 面接 「今日の取り組みの報告」
5/28
(7)
溝上
井下
探求テーマ設定4 (1)前回の反省 ディスカッションの仕方/リフレクションシートの書き方 作業計画書  
(2)学び課題の設定・プレゼンテーション準備  
(3)グループ・ディスカッション 目標「自らの学び課題は何?」
(4)リフレクションシート 「今日考えたこと・気づいたこと」
(5) 面接 「今日の取り組みの報告」
6/4
(8)
溝上
佐藤
中間作業1 (1) 個人発表 作業計画書の発表&質疑応答 修正した作業計画書(提出用)  
6/11
(9)
-- 中間作業2 -- -- -- 休講
6/18
(10)
-- 中間作業3 -- -- -- 休講
6/25
(11)
佐藤
溝上
まとめ1 (1) 個人発表 中間期作業の発表&質疑応答    
7/2
(12)
井下
溝上
まとめ2 (1) 今後の予定 最終発表会に向けてのステップ 論点を構造化する作業1(キーワード・題名・概要・目次)  
(2) 説明 1) 文章にまとめるということ(論理を組み立てること/相手に伝えること)
2) 自分は何が言いたいのか,なぜそう言えるのか
(3)グループ・ディスカッション 個人の現在の思考・作業状況/作業をどのようにまとめられるか
7/9
(13)
溝上 まとめ3 (1)グループ・ディスカッション 個人の現在の思考・作業状況/作業をどのようにまとめられるか 論点を構造化する作業2(キーワード・題名・概要・目次) 7/2と同じ宿題
夏季集中
7/16
(14)
井下
溝上
まとめ4 (1) 個人発表 中間期作業の結果&まとめの経過報告 最終プレゼンテーションに用いるレジュメの作成(タイトル・キーワード・目次・概要) 台風で新幹線が動かず井下遅刻
(2) 個人作業 軌跡を示すキーワード抽出のチェック
(3) 説明 1) 今後の発展のために「区切ること」「これまでの過程を振り返ること」の意義を概説
2)相手にわかるよう説明すること(伝達性・論理性)
7/23
(15)
井下
溝上
まとめ5 (1) 説明 次週最終発表会に向けて    
(2)宿題レジュメ 1) どこに焦点を当てて発表するか
2) 探求のプロセスがわかるよう構造化
3) プレゼンテーションに向けての準備と留意点
(3)最終発表会 都合により学生W君の1週間はやい発表
(4)授業者の感想  
7/30
(16)
溝上
井下
佐藤
報告会 (1)最終発表会 1人20分(発表12分+質疑8分) 最終レポートを8/31提出 授業12:00〜18:00
(2)授業者の感想   打ち上げ(飲み会)

大学生活編の授業は多数の共同研究者を巻き込みながらも,授業は溝上が一人でおこないました。しかし, 学び探求編の授業は,センターの藤岡先生,筆者の二人に加えて,慶應義塾大学から井下千以子先生を呼んで,主に3人体制で授業実施を 計画しました

また,多少欲張りではありましたが,このような学び支援プロジェクトが学内の他の教官の目にどのように映るかをあわせて見ておこうと考え, 佐藤進先生(経済学研究科講師)にも授業への協力をお願いしました。役割は,学生の中間期作業の報告を聞いてもらい,それに 筆者らとは異なる視点から学生たちに質問をしてもらうこととしました。

なお,藤岡先生は4月の授業実施直前に突然ご病気で倒れられ,緊急手術,長期病欠するという事態になり,結果的に 授業には参加できませんでした。したがって,結果的には,授業は主に溝上,井下先生でおこなったことになります。

大学生活編の授業では,探求テーマの設定それ自体に学生たちの「大学生活」や「人生」が込められ, そこから徐々に「大学での学び」への接続が授業デザインの問題とされました。

学び探求編の授業では,テーマそれ自体が「大学での学び」なので,「大学生活」や「人生」との接続は,学内教官や上回生の 「学び体験」の講演によってはかることとしました。講演者には「大学での学び」というテーマを与え,自身の学生時代の話をしてもらい, そこから現役の学生諸君への期待や助言を出してもらうようお願いしました。もちろん,そうした講演者の人選にあたっては, 大学における学びに対して,受講学生に問題意識や関心を喚起させるような方を筆者なりに考えておこなわれました。

吉村成弘先生のご講演風景

<写真1>吉村成弘先生のご講演風景

一方通行的な伝達・講習型授業ではないので,学生一人一人が授業を通して考えてみたい探求テーマ(問題意識)をもち, それを深化・発展させることが求められました。大学生活編の授業では,その探求テーマのコアが「大学生活」「大学生」に置かれました。 学生たちは,「大学生活」「大学生」という皆の共通のテーマだけを拠り所として,それに連結してくる自身の問題をテーマ化しました。

学び探求編の授業では,学生は「大学での学び」を皆の共通の拠り所として, それに連結してくる自身の問題をテーマ化しました。

学生の探求テーマ例

(例1)「一般教養をおもしろくする−学びのあり方という観点に立って−」(医学部1回生)

(例2)「夢・目標・やる気・そして私」(工学部1回生)

(例3)「『私』のスタンス−the environment of myself by myself for myself」(薬学部2回生)

大学生活編の授業は全11回で授業をおこないましたが,作業を十分に完遂するのにまったく時間が足りませんでした。

そこで学び探求編の授業では,

  • (a)3限から4限へ授業を移す
  • (b)作業の延長やリフレクションシートの記入のために5限を空けておくよう学生に周知する
  • (c)前期+夏季集中のセット4単位の授業とし,前期13回(ただし2週分は中間期作業として形式上は休講)に 夏季集中の3回分を加えて計16回授業をおこなうこと

としました(表1参照)。

大学生活編の授業の特徴と同様,3人グループ(写真2参照)や全体のディスカッションを設けました。 他者を設定することは,自身の考えをプレゼンテーションしたり,それに対するコメントや質問を受けて思考を発展させたりするのに有効だと 考えられました。

グループ・ディスカッション1
グループ・ディスカッション2 グループ・ディスカッション3

<写真2> グループ・ディスカッション

大学生活編の授業ではとにかく時間が足りず,はじめは計画していた授業外での作業(たとえば図書館での本や 論文あるいはインターネットによる調べ学習,簡単なインタビューや調査など)をしっかりとした計画のもと実行に移すことが ほとんどできませんでした。授業の終わりに,個人の探求テーマをより実りある形で発展させるべく,授業外で本や論文を調べたり インタビューをしたりすることもできる限りしなさい,と授業者の期待をアナウンスするのが精一杯でした。本来ならば,授業計画の一環として, 授業外での作業計画書やそのための時間,結果報告などまで設けておこなうべきことであろうと思われます。

2002年度学び探求編は,前期の授業回数に夏季集中分の3回を加えて1つの授業とし,中間期作業を途中にはさむ時間的余裕があるように 設計しました。そして,中間期作業の前後には,中間期作業の計画書作成からその成果報告までを授業計画の中に取り入れることとしました

大学生活編の授業では,探求テーマへの取り組みをまとめた最終レポート(ただし,枚数はA4判2枚程度のもの) に対するピアレビューを各自全員分おこない,その評価の高かった者を3人選んで最終発表をさせました。これは,受講学生数が 大学生活編の授業では約35名と多く,各自違った探求テーマの発表を全員分おこなう時間的余裕がなかったためです。

学び探求編の授業では,当初40名くらいまでは受講を認める方針で検討を重ねてきましたが,結果的には曜日,時限等の関係から 受講学生数が20名弱と少なく,学生たち全員の発表を当初から想定して授業が進められました。

したがって,最終レポートは,大学生活編の授業のようにA4判2枚といった少ない枚数ではなく,最終発表会でまとめたものをベースにして, 1ヶ月後を締切に6000字以上24000字以内の分量でしっかりまとめるよう指示を出しました。

最終発表会

<写真3>最終発表会

写真4に,大学生活編の授業で用いたポートフォリオファイルを示しています。一見すればわかるように, 袋詰めのクリアーシートがありません。そのことで,学生たちが後で作業や思考の過程を振り返るときに,このポートフォリオファイルが 効果的に機能したかがたいへん疑わしかったように思います。学生たちはただ各回の配布資料や自分たちの作業したプリントなどを, 日付などでまとまりを作ることもできず,ただ上から順に挟み込んでいくことしかできないでいました。

小中学校でのポートフォリオファイルを用いた,とくに総合的な学習の多くの実践例が示すように,やはり, まとまりをつくるためのクリアーシートが必要ではなかったかと後で反省させられました。まとまっていればこそ,授業者からの指示が とくになくとも,過去の作業や思考を自発的に振り返ってみようとも思うものですし,外在的なファイルの整理は内在的な思考や 感情の整理をも促すと考えられるのです。ましてや,自身の根幹テーマを扱う授業なのですから,その働きはひとしおだろうと考えられました。

以上のことから,2002年度の学び探求編の実施にあたっては,袋詰めのクリアーシートを設けることを第一の改善点とし(写真5),また, 大学生活編の実施ではとくに問題化しなかったものの,ファイルが薄かったのではないかという授業実施中からの筆者の危惧から, 多少分厚めのファイルを用意することを第二の改善点としました。

ポートフォリオファイル

<写真4>大学生活編の授業で用いたポートフォリオファイル

ポートフォリオファイル

<写真5>学び探求編の授業で用いたポートフォリオファイル

リフレクションシートは, 大学生活編の授業で用いたものを基本的には踏襲して使用しました。これは,その日の授業で考えたこと, 議論したこと,気づいたことなどを言語化して,記録しておくものです。ポートフォリオファイルで保存することにより,各回に 考えたことや気づいたことを忘れずに学びの履歴として,最後振り返ることができます。

<写真6>のように,学生たちは授業終了後,リフレクションシートへの記入を求められました。

また,リフレクションシートへの記入と同時に,学生たちはピアレビュー用のポストイットへの記入も求められました(図1参照)。これは, ディスカッションをした班の他のメンバーに対する簡単な他者評価(しかし,否定的なことはできるだけ書かず,良かった点, 頑張っていた点を書くよう指示された)をするものです。

ポストイットは,次の授業までに相手の名前の学生のポートフォリオファイルに貼り直され,学生たちは授業の開始前に ポートフォリオファイルを受け取って席に座り,先週の他のメンバーが自分にどんな評価をしてくれたか,メッセージをくれたか, ポストイットを読むところからその日の授業が実質上始まるということになっていました。学生たちは,ポストイットを読むついでに自然と, 先週書いたリフレクションシートやもっと以前のリフレクションシート,作業プリントを振り返っていました

リフレクションシートへの記入場面

<写真6>リフレクションシートへの記入場面

ピアレビュー用のポストイット

<図1>ピアレビュー用のポストイット

大学生活編の授業における後半期の問題点は,端的にいって,作業や思考を整理しまとめる方略を 授業者がほとんど示せなかったことにありました。まとめの作業のためのポートフォリオファイルは設けられていましたし, 思考の整理としてKJ法を紹介しその実施もなされました。それらはかなり有効であったと学生たちからは評価されましたが, 最終的にできあがった最終レポートを見ると,授業の中でなされてきた探求テーマの作業や思考の変容プロセスが自覚的に書かれておらず, 問題だと感じられました。つまり,多くのレポートは,結論部分への過度な収束化に終始していたのです。

もちろん,最終レポートの作成にあたっては,「この授業で探求してきた作業や思考の変容プロセスをまとめて書くように」 との指示を何度も出しましたし,?@主張点の明確化(自分は何が言いたいのか),?A論理性(なぜそう言えるのか,話の起承転結), ?B実証性(ただそう思うだけになっていないか)の3点に留意するという指示も何度も出しました。とくに後者の3点は, プレゼンテーションやディスカッションをする際の留意点として,授業の前半期から繰り返し学生たちに出してきた指示でもありました。

このようにして,2002年度学び探求編には井下先生に,探求テーマに対する作業や思考の変容プロセスを,いかに学生たちに構造的に まとめさせるかを担当してもらったのです。

学生たちが書いた最終レポートを井下先生に参考に見せましたが,やはり先生も, まとめ方の恣意性にひどく疑問をもたれたようでした。

それは,ポートフォリオファイルを参照して過去の作業や思考を振り返りながら,ワークシートを使って,キーワード抽出をはかり, そこから題名や目次,200〜300字程度の概要を書かせるといった方法でおこなわれました (⇒ワークシート)。

なお、井下先生による「思考のプロセスをまとめるための表現支援」 についてご興味ある方は叢書の『第2章「大学での学び」 を支援する表現指導を目指して―議論すること・書くことの指導を通して』(参考文献)をご覧ください。

あってはならないことだが,半年前の打ち合わせ段階から前期セメスターの開始日を勘違いしており,またそれに気づかず念入りに計画, 打ち合わせが進められたことから,初回の授業日は4/16(火)だとすっかり信じ込んでいた。それに気づいたのが授業開始前日であり, 散々考えた挙げ句,すでにたてている今後の計画を勘案して休講することに決めた。講演者である鎌田先生や吉村先生らに来てもらう日程も すでに決められており,それを動かすのは到底不可能だと思われたからである。

しかし,休講にしたその日は4月の入学期,一回生が授業に始めて出てくる初日でもあった。したがって, とにかく覗いてみようという学生たちで教室が溢れることが容易に想像された。それでなくとも,昨年の大学生活編の授業では, 授業への受講登録者が200人を超えており,受講者の選出にずいぶん神経をとがらせたわけである。そのようなこともあったから, 一週間くらいたって熱気の冷めた頃でも,依然と受講を希望してやってくる参加意欲の高い学生たちに期待しようと,やや楽観的な見通しの中 次週の授業を待ったのであった。計画段階の半年間,どうやって40人の授業者数に減らすかを散々議論してきたにも関わらず, 上記のような経緯で,4/16のガイダンスに受講を希望して教室にやってきた学生数はわずかに20名弱であった。授業デザインや使用する教室, 机,椅子の配置,グループの作り方など,あらゆる面で40名ほどの学生数を前提に準備を進めてきたわけであるから,20名弱の数少ない 希望者数にとにかく唖然とした。

加えて,そこに集まった学生たちの顔は,大学の学業にうまく動機づけられない,あるいは学びに関する問題を抱えた学生に対する 学び支援をイメージするものとはほど遠く,学問探求に命をかけた「京大の猛者たち」に何かしら見えたことは, 学び支援プロジェクト遂行の意義をも一瞬ではあったが見失わせた。表1に示すように,初回の授業では,ガイダンスの後, 「大学生活をどのように過ごすか」という大学生同士の座談会資料(巻末資料1)を読ませ,それについてどう思うか意見を述べさせた。 その時の自発的な挙手,発言の姿勢,質の高い論理的,批判的な学生たちの意見,それらを目の当たりにして,筆者は正直,こんな授業が 果たして彼らに必要なのかと,初回から気が重くなったのである。

確かによく考えてみると,今年新規で開講した「大学における学びの探求」は積み上げの実績がなく,新入生が上回生から耳にする良い授業, 楽勝の授業などといった情報網に入ってくることはない。加えて,同時間帯には他にも多くのバラエティ豊かな授業が開講されているのであり, その状況下でわざわざ一週間を待ち,評価も実績もないこの授業を敢えてとろうなどと思うのは,よほどの物好きか気合いの入った 学生でしかないこと,容易に想像される

しかし,結果としてこのような受講学生たちの抱える問題,探求テーマは,今日の大学教育が抱える問題を十分に内在化させるものであった。 一見猛者たちに見えた学生たちの背後にある大学教育への,あるいは自身への不満,問題などは,まさにわれわれの学び支援プロジェクトの 主旨に合致するものであった。そして,4人の講演者が共通して発した「出会い」という言葉は,学生たちがこの授業で取り扱う探求テーマを, 彼ら自身の大学生活や人生に随所に関連させていった。もちろんその過程には,井下先生の担当する表現指導が功を奏しており, たとえば前半期の議論において,学生自身の「リアリティ」が重要視されたことなどは,彼らの探求テーマが一般論, 抽象的な議論に終始しないこと,自身の大学生活や人生をふまえた議論にするよう促したことを端的に示すものである。

また,受講学生数についての考察もおこなっておく。半年前からの打ち合わせでは,受講学生数を何人にするかが大きな議論の1つとなった。 世の中の一般的な導入教育の傾向を見ると,「大学における学び」をテーマとして扱いながらも,その授業形式が,たとえば数人の 授業者による一方通行的なリレー講義,オリエンテーションなどになりがちである。ゼミナール形式などの少人数教育を実現しながらも, その内実は一方通行的な講義の縮小版であることも珍しくはない。このような中でわれわれが目指したのは,大学生活や人生をも 巻き込んだ学生一人一人の探求プロセスにつき合う学び支援の授業開発であった。

打ち合わせでは,30名でも多いのではないかという議論があった。もちろん数が少ないことに越したことはないのだが,筆者の意見では, 大学全体の学生定員(京都大学では1学年約3000名)を考えて,せめて40〜50名くらいを一単位で考えなければ,結果的には現実的ではないの ではないかと考える節もあった。しかし,2001年度の大学生活編の授業では35人の受講学生数であり,一定程度の成果を上げたように思われると ころもあったことから,共同授業者,研究者の間で譲歩をはかり,40名にしようとしたのであった。

しかし,上記のような事情から,参加を希望した学生は19名であった。しかも,途中作業が多いなどの理由で脱落していく者がおり, 最後まで授業に参加したのは12名であった。結果から逆に戻っていえば,学生一人一人の探求プロセスに徹底的につき合うには, 12名でも多かったくらいであると感じる。とくに中間期作業では,学内の教官に大学教育や学問に関するインタビューや質問をしに行く, あるいは学内で学生にアンケートをとるという学生が何人かおり,筆者も相当気を遣いながら,学生一人一人を研究室に呼んで計画を 提出させたり,先生方への連絡に失礼がないよう指導したり,と授業外の時間にずいぶん追われた。また,そのような形でお世話になる 学内の教官には,裏でお願いや御礼がてら,会いに出かけることも頻繁であった。

学び探求編の授業を終えて筆者は,受講学生数の決定は,結局学生への関わりの程度をどの程度にするかではないかと 考えるようになっている。すなわち,学び探求編のような,授業時間外にも頻繁に研究室にやってくるような徹底的な学生との関わりを 目指すのであれば,10人強でも大変である。20人や30人はもはや遂行不可能である。しかし,学生との関わりは多少浅くしながらも, 学び支援の目的を達することを最重要課題とするならば,40人くらいの学生数でも十分遂行可能だと考えられる。それは, 大学生活編の授業成果を念頭において述べている。

われわれは,大学生活編,学び探求編の授業と通して,学び支援のための授業デザインや授業ツールをかなり開発し精錬もしてきた。 大学生活編の授業で,藤岡先生より助言や示唆を受けての「他者とのグループ・ディスカッション」「リフレクションシート」 「ポートフォリオファイル」といった授業デザインや授業ツールの使用は,本年度の学び探求編の授業でも引き続き有効であったことが 明らかにされた。また,大学生活編の授業で大きく問題となった後半期のまとめの作業に関しては,本年度,学び探求編の授業で井下先生を わざわざ遠隔地からほぼ毎週招くことで,その部分への授業開発を期待した。井下先生は,学生たちの探求テーマにおける作業や思考のまとめを, たとえばキーワード抽出法などによって構造化させながらまとめさせたが,そのことは最終発表会や最終レポートの質を格段に 上昇させるものであった。

こうしたことを前提として,来年度の学び支援の授業は,多少学生との関係を後退させても,40名程度でわれわれの学び支援の目的が 精錬された授業デザインや授業ツールによってどこまで達成可能か,その実施に挑戦してみたいように思う。

学び探求編の授業では,大学生活編の授業での反省を受けて,中間期作業を設けた。すでに述べたように,中間期作業は前半期の作業で 設定した探求テーマをより深化・発展させるためであり,その目的は,学内の教官にインタビューや質問に行ったり,本や論文を探したりして, 探求テーマに関する情報や議論をするための根拠を収集することととらえられていた。ところが,この中間期作業は次の2点で 筆者らの予想を超える事態となり,多分に混乱することとなった。

まず第1に,情報や根拠の収集以外のことをおこなう者が出てきたことである。 たとえば,学生H.T.(工学部2回生男子)は中間期作業のテーマを「勉強する意義について考えるとともに行動し,そこから出てきた 問題点について解決法を探る」として出してきた。彼の作業計画書から,それに向けての具体的方法を見ると,

[目標を達成するための方法]
とりあえずいろいろと勉強してみる。いろんな本を読んでみる

[期待される結果]
やったことが自分の身についていく

[目標を達成するための方法]
だらけないためにその日やったことを書く(日記と違ったもの)

[期待される結果]
遊ぶときは遊ぶ,勉強するときは勉強するというけじめをつけられるようになるのではないか

とある。つまり,彼にとってのこの授業における探求テーマは,一言で「勉強をしっかりおこなう」に尽きるのであり,その背景には 「忙しくて勉強する時間がない」「ついついだらけがちだ」ということがあったのである。学業の重要性や学業が自身の将来にとってどういう 意味があるのかといったことは,彼にとってすでに当たり前のこととなっており,今更考える必要もないことであった。したがって ,彼は最終レポートでもこの中間期作業の頃を振り返って,「周りのみんなのように,インタビューに行くことは候補としてあがらなかった 。それはあまり人に相談して解決する問題ではないと思ったからである。人に聞く以前の問題で,自分自身で解決すべき問題だったからである」 「“やる気が大事だ”とか“時間を工夫しよう”とか“本を読もう”と口で言うだけなら本当に簡単である。これからは実際に行動に 移していかなくてはならない」と書いている。

そうして彼は,中間期作業以来いくつかのことを実行に移してみた。たとえば,毎日の通学電車をただぼうっと立って特急に乗って大学に 来る以前の状態から,普通に乗ってゆっくり本を読みながら大学に来る毎日へと時間と行動の工夫をまずしてみた。これは,学習時間を増やす 彼なりの1つの工夫であった。あるいは,集中して勉強をしようと思ってやってみたが,意外と勉強に集中できる時間は短いことがわかり, 好きな勉強はできても,嫌いな勉強はなかなか一人ではできないことなどがわかってきた。彼は,このやる気の問題を解決するために, 自主ゼミを開いて他の学生たちと一緒に勉強できる学習環境を作ろうと考え始めた。

さて問題は,彼のような者が,たかだか2週間の中間期作業を終えて,成果を報告しろと授業者にいわれたことである。上記で筆者が 書いた彼なりの成果は,中間期作業から夏休みを含めて2ヶ月たった最終レポートで書かれていたことであり,中間期作業を明けたばかりの 時期(7/2)には,彼は「まだやりはじめたばかりで成果も何も出ていない。報告できるような状態ではない」と授業者に反論した。 このような者は彼以外にも数名見られた。

第2に,中間期作業の期間が2週間では,あまりに短すぎたことである。たしかに中間期作業に入る一週前の授業(6/4) から作業計画書の宿題をさせ,さらにはその発表,質疑応答をおこなったのであるが,たとえばアンケートをおこなう場合,その調査票づくり, 印刷,収集,分析をおこなうのに2週間足らずで何かしらの成果を出せるはずがない。また,学内教官にインタビューや質問に行く場合, 教官の都合によりアポイントメントがその2週の間にとれるとは限らない。さらに,「欲張って」といっていいかわからないが, 2つも3つも作業をおこなう者が多く見られた。

このようなことから,たとえば7/2にはまだほとんどの者が中間期作業を継続中であったし,予定表では中間期作業終了から 1ヶ月後に相当する7/16になっても,まだ中間期作業をやっている者がいた。したがって,授業が後半期(7/2)に入って井下先生に 主たる担当が移り,彼女が最終発表会に向けた構造的なまとめをしようと説明を始めると,数人の学生は「まだ何を言いたいのかを探している。 結論やまとめをするにははやすぎる」などと意見を出したのであった。

ただし,表1を見るとわかるように,授業者は学生の上記のような意見を柔軟に採り入れ,授業計画を柔軟に変更した。つまり, グループ・ディスカッションをおこなうことで,中間期作業やこの授業全体を自分なりにどう終わらせていくことができるかを 話し合わせたのである。こうして,授業は無事最終発表会へと向かっていった。

藤岡(1998)は「授業設計」と「授業デザイン」とを分ける。前者においては,授業が教育目標の効率的達成を実現するための システムと見なされ,その最適化をはかるための計画(授業設計)が,自分と授業とを分離して授業をどう動かすかという観点からたてられる。 それに対して,後者においては,授業が教師,子ども,状況の複雑な相互性の場だと見なされ,その関係の中から目標やねらいにしたがって 授業のシナリオ(授業デザイン)がつくられる。井下先生のとった行動は,藤岡の言葉でいうところの「授業デザイン」をおこなったことに なるだろう。来年度の学び支援の授業は,中間期作業に思いの外時間がかかることを念頭におきながら,後半のまとめ期を実施せねばならないと 考えられる。

学び支援プロジェクト−学び探求編−の成果報告書は下記で公刊されています。

京都大学高等教育教授システム開発センター『2002年度学び支援プロジェクト−学び探求編−』京都大学高等教育叢書17.

[第1章] 溝上慎一「 学び支援プロジェクト (学び探求編) の実施−理論的背景・授業デザイン・授業ツール・成果−

[第2章] 井下千以子「 「大学での学び」を支援する表現指導を目指して−議論すること・書くことの指導を通して−

[第3章] 尾崎仁美「 「学び支援プロジェクト(学び探求編)」における学生の学び」

[第4章] 水間玲子「 大学生自身による”大学における学び”の探求過程−学び支援プロジェクト(学び探求編)での学生たちの模索−