慶應義塾大学との連携ゼミ−KKJ実践−
文責: 神藤 貴昭
教育とコミュニケーション
(京都大学全学共通科目A群(人文・社会系)。4単位。1〜4回生対象。1999,2000,2001年度の前期+集中合宿)
石村 雅雄 (京都大学高等教育教授システム開発センター助教授)
大山 泰宏 (京都大学高等教育教授システム開発センター助教授)
溝上 慎一 (京都大学高等教育教授システム開発センター講師)
神藤 貴昭 (京都大学高等教育教授システム開発センター助手)
慶應義塾大学総合政策学部井下理ゼミと京大本センターとの合同ゼミ(平成11、12、13年度に実施)。これは、各大学での授業、 電子掲示板、合同合宿というように、オンライン・オフラインを組み合わせた遠隔ゼミの実践である。京大側「教育とコミュニケーション」 の授業目標は、「高度一般教育の一環として、人間存在にとって教育とコミュニケーションの大切さを体得させること」にあり、 「<ここと今>での自己探索ないし自己形成としての教育」の実現であった(田中,2000)。
田部井 潤(浜松大学国際経済学部助教授)
柴原 宜幸(日本橋学館大学人文経営学部助教授)
田口 真奈(メディア教育開発センター助手)
村上 正行(京都外国語大学外国語学部講師)
小林 亮(京都光華女子大学人間関係学部助教授)
佐藤 綾子(SFC研究所研究員)
尾澤 重知(北陸先端科学技術大学院大学知識科学研究科大学博士課程)
望月 俊男(総合研究大学院大学文化科学研究科博士課程)
江木 啓訓(慶應義塾大学大学院理工学研究科博士課程)
京都大・田中毎実教授(左)と慶應大・井下理教授(右)
本授業は遠隔大学間連携ゼミであり、平成11・12・13年度に、京都大学高等教育教授システム開発センターが提供する1−4年生 対象の全学共通科目(いわゆる一般教育科目)「教育とコミュニケーション」(平成11年度は、受講生21名、教員4名、 サポートスタッフ2名)と慶應義塾大学総合政策学部井下理教授が担当する2−4年生対象の「井下研究会」(平成11年度は受講生16名、 教員1名、サポートスタッフ5名)とによっておこなわれた。このKKJ実践(Kyoto-Keio Joint Seminar)実践は、京大と慶應という 2つの大学がそれぞれ授業をおこない、同時にインターネット上でやりとりし、終盤で合同合宿をおこなうというものであった(下図参照)。
京大側「教育とコミュニケーション」の授業目標は、前述したように、「高度一般教育の一環として、人間存在にとって教育と コミュニケーションの大切さを体得させること」にあり、「<ここと今>での自己探索ないし自己形成としての教育」の実現であった (田中,2000)。授業開始時はこの大枠のみが存在しており、授業で何をおこなうかということから学生に任せるという、 学生主導型をめざした。すなわち、到達点の自由度が高く、学生の活動性も高い授業(溝上・田口, 1999)である。基本的には、 学生が話題を提出し、議論をおこなうという形で進められた。また、合宿で何をおこなうかの決定、合宿でなされた議論の総括といったことも おこなわれた。 教員が提出した授業内容としては、「ボディーワーク」という解釈に開かれた内容を含んだ実習を3回おこなった。 それによって電子掲示板などでは掲示板などでは、人間関係や身体性、言語といった話題に広がっていった。
電子掲示板は、慶應側のスタッフによって作成された。このホームページには、トップページからそれぞれ「京都大学授業概要紹介」 「慶應義塾大学井下研究室授業概要紹介」「合同合宿企画」「共通課題」「フリートーク」「京大練習用BBS」「井下研究室練習用BBS」 にリンクする構造になっていた。ここで、「フリートーク」は、気楽な雰囲気で授業と関係ないことでも日常考えたことなどを投稿することが できるよう設置した。実際、そこでは、音楽の話題がサブカルチャー論に広がったり、研究会をしようといった誘いなどもおこなわれていた。 なお、大学ごとに分けていた「授業概要紹介」は、さらに2大学間の交流を深めるために、平成12年度の実践から、1つに統合された。 しかし、KKJ実践の核になるページであり、合ったこともない他大学学生が参加するところに、すぐには書きづらいことなどから、 平成13年から再び分離された。
ここでは、平成11年度の授業を中心に紹介する。平成11年度の授業は以下のようであった。授業はすべてビデオテープに録画された。 また、両年度とも授業終了後に、筆者らは、学生にインタビューをおこなった。
表 平成11年度授業概要 (田口・村上1999より引用)
まず、4月14日に、「教育とコミュニケーション」の第1回の授業がおこなわれた。この授業の概要、慶應義塾大学とインターネットを 通して頻繁にやりとりすること、合宿があること、授業終了後に論文提出があることなどが伝えられた。29名の受講許可者がいたが、 人数超過のため、「ゼミの受け止め方、ゼミへの期待」「自分をアピールする」という2つのテーマで小作文を課し、センターのスタッフ 5名の討議により、22名の受講を許可した。許可者には、「大学と私」というテーマでの小作文を課した。さらに4月21日には、 電子掲示板利用上の注意を神藤がおこなった。また、慶應義塾大学の井下ゼミおよびゼミの論文集を紹介した。授業終了後には、 コンパがおこなわれた。ここまでがいわば授業の準備段階であり、本格的には4月28日から授業がおこなわれることになる。
4月28日には、田中から、公開実験授業に関する話題(「何でも帳」の抜粋)が提供され、この授業のねらいとするところが述べられた。 その後、学生が自主的に「おたく」などのテーマを出して議論をおこなった。自由に議論するようにというだけの教官のメッセージが あった直後は、沈黙が流れたが、突然ある学生が「おたく」というテーマを提出した後は、「おたく」を名乗る学生もいて、 話題は広がっていった。
さて、この日、「ほとんどすべてを学生たちで決める」ということを教員が述べた。このようにある意味で学生を突き放したとき、 もちろん混乱が起きる。その場面の会話を抽出してみる。
学生M「僕らが議論するテーマというのは、全然決まってないということですか」/教員T「はいそうです」/学生M 「じゃあ、このまま延々と本名でいくかハンドルネームでいくかを議論していてもいいわけですね(笑)」/教員T「そうです(笑)」
この後、沈黙があったが、別の教員が「それでは、やりにくいから・・・」と述べるというように、教員側も混乱していたことが分かる。 ちなみに、2年目の実践の、平成12年4月26日にも以下のような会話があった。
学生O「ちょっと確認で質問なんですけど、この授業何も決めてないっておっしゃったけど、全く自由に僕らでこういうことを こういう形で話していくということから決めていくのか、それとも先生方がある程度のまあそのフレームというのが、こうしたらいいんじゃ ないのかというのを持ってって、それを僕らに提案していくという形なのか、それがいまいち分からないんで」/教員S「まあ前者です。 もちろん何らかのフレームを与えてというのであれば、何か与えるので、それも自分たちで決めてほしい」
[授業者ひと言]
ここで学生は、自由といっても「枠組みの中での自由」か「枠組みをもつくる自由」なのかということを問うている。このように、 学生さらには教員も、それまで自明であった枠組みに対する違和感とやりにくさを表明するわけである。
<写真>授業初期の学生の反応
5月12から26日は、大山が、野外でボディーワークの授業をおこなった。「ボディーワーク」という多様な解釈に開かれた身体的な 経験をおこなったこともあり、電子掲示板などで議論が広がった。あわせて、合宿についての具体的な議論、例えば合宿先に新幹線で行くか バスで行くかなどという議論もおこなった。「ボディーワーク」によって、学生同士のコミュニケーションが広がり、また書き込みが増え、 学生たちの授業への硬い構えがとれた感があった。
6月2日、9日は田中が担当した。授業では、ホームページにおける議論をプリントして配布し、学生が自由に討論をおこなった。 また、田中・神藤が慶應義塾大学訪問の報告をおこなった。このあと10日に学生主催のコンパがあり、教官も参加した。
6月16日は神藤が担当した。合宿直前でもあることから、合宿に関する議論(係の決定など)が中心であった。議論は、 ほとんど学生が自主的におこなった。6月にはいると、合宿へのあせりからか、合宿に関する事務的な話題や慶應義塾大学とのやりとりに 関する話が増加していった。
[授業者ひと言]
このように、一応、各回の授業担当教官が決められており、授業開始時の話題提供やボディーワーク、授業時のホワイトボードの設置といった 環境設定は、教官がおこなうものの、全般的に見て、議論の進展やテーマの設定は、学生がおこなった。合宿に関する議論も同様であった。 この間、学生から授業の目的は何かといった質問(6月2日)や「私たちはこれでいいのか」というような電子掲示板上の意見(後述)など、 「授業」をメタ的な立場から議論する学生がみられた。
この間、電子掲示板に以下のようなメタ授業的な書き込みがあった。
合同合宿・ええと、Tです。教官に対する期待について。ボディワークとかまあ、そういった、話のネタになる物を、教えてくれるみたいな 感じですかね? つまり、議論のきっかけみたいのを作ってほしいです。そうしたら、石が転がり落ちるように、議論は、 どんどんと発展していくんでは? 学生だけだったら、やっぱり、経験とか不足がちなので、(教官と比較して)そうした、 面白いきっかけがあまりでにくいと思う。(理学部・男)
・慶應さんの授業概要紹介を読んでいて、「私達はこれでいいのか」と感じてしまうのは私だけでしょうか。 慶應さんの授業概要紹介を読むと、何だか、「鏡映的自己像」、「ライフデザイン」といったテーマがあり、各自その課題に 取り組んでいるらしいといったことが分かる。彼らには、何らかのプランがあり、それに向かって、「課題提出」などを積み重ねているような 感じがする。一方、私達京大は、何を課題とするかということ自体が課題であるという状況。慶應さんが課題として取り組んでいる 「鏡映的自己像」、「ライフデザイン」については何も知らない。こんな、両大学が1ヵ月ちょっと後には合宿をする。私達はこれでいいのか、 と漠然とした不安を感じる。(教育学部・女)
通常授業や掲示板上での議論の深化のため、授業の終盤に2大学の合同合宿を、2泊3日で静岡県修善寺においておこなった。 京都大学の学生と慶應義塾大学の学生が電子掲示板上などで議論したことに基づいて企画をおこなった。内容は、名刺交換会、 合宿のテーマをどうするかということの討論、「大学」「コミュニケーション」「異文化」「生きる意味」「非言語コミュニケーション」 「恋愛」に関する小グループディスカッション、懇親会、合宿を通しての全体ディスカッションなどであった。
合宿後の6月23日、30日、7月7日は石村が担当した。グループに分かれて、合宿の振り返り、合宿での議論のさらなる深化を 目指した議論がおこなわれた。最後にはテーマ自由、提出期限も学生が決めるというレポートが課された。
電子掲示板では、合宿後、フリートークのページにおいて多くの発言がみられた(下図参照。村上,2000より)。
授業終了後に、アンケートやインタビューをおこなった。その一部を以下に示す。
A 授業終了後アンケートによる学生の声「授業やホームページ、合宿などについて、何か改善、要求などがありましたら、お書きください。」 というアンケートへの回答(平成11年度)
授業についての要望- 京大側:3名
- 事務的なことを決めるのに時間を使いすぎる。
- 授業のはじめに break through を。
- 授業で枠組みばかりに気をとられていたのが残念なので、通年でやったほうがよいのでは?
- 慶應側:2名
- もっと時間がほしい。
- 授業でホームページの書き込みと合宿のフィードバックをしたい。
- 京大側:3名
- もっとホームページを盛り上げてから入りたかった。
- 前期が終わってもホームページを残してほしい。
- チャット時間を設けてほしい。
- 慶應側:2名
- IE4.0から見れないのが苦しい。
- ホームページのコンテンツがいろいろ増えてゆくと楽しい。
- 京大側:5名
- 早めに寝よう、朝がつらい。
- 安い宿と高級な宿、どちらがよいか分からないが、安いと助かる。
- 第5セッションの最初は少し失敗?少人数セッションがよい。
- 酒の量が足らない。
- 4月とかに1回合宿してから7月とかにもう1回合宿するとおもしろかったかも。
- 慶應側:4名
- 施設を変えてください。
- 京大と井下研の合宿の位置づけが違いすぎる。京大は大目標だが、井下研は授業の1つにすぎない。
- もっと安い宿で雑魚寝がよい。
- 学生は経済力がないので、費用に問題があった。
- 京大側:6名
- 京大とsfcの人で個人的にメールのやりとりをどれくらいしているのか知りたいので教えてほしい。
- 後期もやりたい。
- ホームページや合宿は全く不満がない。教コミのことについては追って話をしたい。
- 次年度のために資料を残すのか残さないのか決めておくべき。
- 実験の仕方は変えないで、観察の仕方は気をつけて。
- 前期半期だけではもったいないので、授業が終わってもホームページやメーリングリストがあればよい。
- 京大側:6名
「はじめ授業では何をやっても「自由」と聞いたときどういう感想をもったか」という質問に対して(ただし平成12年度、授業終了後)
C 手記による教員の声・はじめ、自由と言われて困った。与えられた中でやるのかと思った。プロフェッショナルの先生の講義を今も見せてほしいとも思うが、 途中で意図が分かった。別に抵抗はなかった。発言したいなと思っていたが、発言する材料がないとも思っていた。流れに乗ろう、と思った。 仕切る人がいなかったら仕切っていた。
・先生は見てるだけで何やっているか分からなかった。目的があると安心できるが、目的は見えず、何やるのか分からない。 どうしていいか分からなかった。今思ってみれば、自分にとってよかった。合宿まで分からなかったが。
・わけが分からなかった。最初の班どういうことをするのかと思った。「教育とコミュニケーション」のテーマの中で考えるのかなと思った。 みんな動いているのに乗ろうかなと思った。
・最初に聞いたとき、へーって思った。自分らで発案して何かやるんやなと思った。教官の顔出しかたが変。自由にしていいよといいながら顔 を出している。はじめは学生同士腹のさぐり合いになるのは仕方ない。この事態を打開しなければと思ったが何とかなった。どうなるんやろ とは思った。発言できるが、しゃべりすぎるのはどうかと思った。しゃべるのは、起爆剤になると思ったが、あまりしゃべらなかった。 周りを見つつ、ここでは、そういうふうな出方をやめようと思った。
・最初はイメージなかった。「これを決めよう」というとき、普通なら先生が決めるが、先生がひいていくところがあった。それは、 ぎこちなく、よそよそしかった。気持ちよくなかった。少しずつ慣れていったが、合宿前まであった。どれくらい出るといいかが 決めかねていた。だれか仕切らないといけないと思った。自分がかって出ようとは思わなかった。みんなのことが分からず、 もっと適任者がいるかもしれないので。
授業を担当した教員に対して「(1) 正規の授業においてどのような介入をおこなったか、それぞれの意図は何か (2) 合宿において どのような介入をおこなったか、それぞれの意図は何か、(3) 掲示板上のすべての発言について、発言意図は何か」ということに関する 回答を手記によって求めた。(平成11年度、神藤(2000)による)
これにより、「学生主導型」と言いつつも、要所要所で「介入」を試みていることが明らかになった。例えばA教官は授業での介入について、 次のように記している。
(1) 授業への直接的な介入は、学生の主導性を重視するという観点から、極力控えた。そのかわり、最小限の必要性とタイミング をつかむために、感覚を可能な限り鋭敏にし、他のスタッフ意見を重視し、電子会議室での議論からの逆作用などに期待した。 (2) すべてがうまくいったわけではないが、全体の流れで、ほぼうまくいったのではないかと考えている (3) 合同合宿以降の終息期での介入が うまくいっていないために、ゼミがくっきりした区切り目のないままに、一部のメンバーだけでずるずると続いているように思われる。 この点は、介入の仕方に失敗したかもしれない。
また、教官Bは、次のように述べている。
(1) それぞれの学生が、何らかの形でポジティブに、授業に対するコミットを高められるよう配慮する。何かおもしろいことを やりたくてしかたない学生も、勉強したい学生も、軽いノリで来た学生も、それぞれがコミットできるような何か。(2) 合宿やゼミのシステムに 関する議論を、あえて授業の中でおこない、その過程を通して、集団を組織化していく。それと同時に、それまで教官−慶應が主導権を 握っていた合宿の運営,意志決定に関して、学生に主体を譲り渡していく。
さらに、B教官は、「京大授業概要」ページで、ボディーワークをおこなった授業の説明を投稿したが、その意図について 以下のように述べている。
(3) 「体験」を「学問」にまとめていくひとつの例を示したつもり。学生に、そうした姿勢を伝えたかった。つまり、 「授業であれこれやっていることも、こうしたことにつながっていくことで、意味のあること」ということを、伝えたかった。また、 学問的なことがやりたくて授業に対して欲求不満を感じていた学生にも、ひとつの答えを示したつもり。
これらの記述から、「介入」とは言っても、何かを指示したり課題を出したりするというのではなく、学生たちがいる状況の中に教員も 参入しつつ、その中から状況を変革してゆこうと試みていると言える。
まず、問題になったのは、学生主導型授業において、学びの記録、振り返りの材料をどうつくるかという点である。終わったときに いったい何をやったのか、何が残ったのか、ということをもう少し可視化する必要があったかもしれない。しかし、このような「出力」に 徹する授業もあっていいのではないか、とも思う。
第2に、どこまで「学生主導」ということを徹底するか、という点である。本実践では、授業の内容を学生が決定し、 授業進行も学生がおこなうというものであった。ただ、合宿先の決定、金銭の管理、宿泊の手配などは、学生と連携をとりつつもスタッフが おこなった。これは、授業構築や、電子掲示板上での議論における学生主導ということに集中してもらうためであった。しかしながら、 「この仕事は学生がやるべきか、こちらがやるべきか」と悩むこともあった。
第3に、「学生主導型授業」あるいは「電子掲示板」が持っている、枠のなさ、不安定さ、恐さについてである。「学生主導型授業」 「電子掲示板」は、可能性に開かれている一方で、「つっぱしる」学生、あるいは心理的に不安定な学生については、その動きを制限するような 「枠」、例えば「授業時間」「授業における禁止事項」「教師の指示」などといった安定を保証してくれるような「枠」がないので、 不適応的になってしまう可能性があることである。
第4に、オンラインだけでやるとどうなるかという問題である。KKJ実践では、合宿をおこない、両大学の学生が一同に会した。 そのような計画を立てたことの前提には、オフラインへの信頼とオンラインへのみに頼ることへの不安があった。合宿が「打ち上げ花火」 的存在になり、合宿後が「宴の後」になってしまうような感もあった。オンラインでやれるところまでやってみること、 オンラインでしかできないような試みをおこなうことが今後の実験課題である。
第5に、スタッフの労力についてである。通常の授業に加えて、電子掲示板を維持し、合宿を企画・運営すること、 しかも2大学の連携のもとでおこなうことは、多大な労力を必要とする。電子掲示板システム面では、特に慶應側の大学院生の尽力があった。 スタッフメーリングリストも、深夜に飛び交い、しかもすぐにレスがあるような状況であった。
以上のようなあたりが、問題点であり、今後考えてゆかなければならない点であると言える。
田中毎実 2000 KKJ実践の前提と展開 京都大学高等教育叢書7, pp.1-11.
溝上慎一 1999 学生主体の授業KKJ実践における学生たちの学び 京都大学高等教育研究, 5, pp.41-55.
村上正行 2000 高等教育における対面授業とWebの融合」 〜『教育とコミュニケーション』における授業デザイン〜」 京都大学 高等教育叢書7(京都大学高等教育教授システム開発センター編・KKJ−Kyoto-Keio Joint Seminar −で何が起こったか 〜授業・合宿・インターネットを通した学び〜) pp.94-104
神藤貴昭 2000 「KKJ実践における学生主導型授業の作られ方−京都大学の授業における教員の役割を中心として−」 京都大学高等教育叢書7(京都大学高等教育教授システム開発センター編・KKJ−Kyoto-Keio Joint Seminar −で何が起こったか 〜授業・合宿・インターネットを通した学び〜) pp.17-29.
神藤貴昭・田口真奈 2000 「授業枠のゆらぎ−大学における学生主導型授業構築の可能性−」 教育方法学研究,26,pp.119-127.
田口真奈・村上正行 1999 インターネットにおける高等教育実践研究の動向と課題 −KKJ実践に向けて 京都大学高等教育研究, 5, pp.41-55











