大学生の心理学 −学び支援プロジェクト(大学生活編)−
(1-b) 学生の学習支援・導入教育
大学生活から大学での学びを考える
リフレクション・シート
その日の授業で考えたこと,学んだことを言語化する
ポートフォリオ・ファイル
ファイルを使って学びの履歴を残す
ポストイット
授業後に学生同士で評価
KJ法
考えてきたことを構造化して整理する
文責: 溝上 慎一
大学生の心理学 (シラバス)
(京都大学全学共通科目A群(人文・社会系)。2単位。1〜4回生対象。2001年度後期実施)
溝上慎一 (京都大学高等教育教授システム開発センター講師)
溝上慎一著 『大学生の自己と生き方−大学生固有の意味世界に迫る大学生心理学−』(ナカニシヤ出版』
「大学」あるいは「大学生活」ということに関して問題となってくる個人固有のテーマを,他の学生とのディスカッションやKJ法,文章表現,プレゼンテーションといった作業を通して追求し,「大学とは自分にとってどういう場なのか」「大学生活で自分にとって問題とすべきことは何なのか」などに関する自己理解の深化・発展をめざします。学生たちには,自分にとって大学や大学生活がいかなるものなのか,それに向けて自分は具体的に何をしているのか,などを徹底的に考えさせます。
水間玲子(奈良女子大学文学部助手)
尾崎仁美(大阪大学大学院人間科学研究科助手)
小沢一仁(東京工芸大学工学部助教授)
山田礼子(同志社大学文学部助教授)
田中道弘(常磐大学大学院人間科学研究科博士後期課程)
杉原真晃(京都大学高等教育教授システム開発センター研究生)
藤岡完治(京都大学高等教育教授システム開発センター教授)
この授業は,学生のための学び支援プロジェクトの授業です。大学教育改革の高まりの中,近年急速に実践されるようになった導入教育に関連しておこなわれました。
導入教育には,一般的に「講義の受け方」や「ノートの取り方」「レポートの書き方」といった学習スキルの教育から,コンピュータ・リテラシー,情報リテラシーの教育,ひいては図書館の使い方などまでさまざまな内容があります。その中でも,学生に学びの動機(モチベーション)を与える導入教育はきわめて難航しているといわれています。本授業は,学生に大学における学びの世界へ誘う導入教育の1つとしておこなわれたものです。
導入教育は,1回生を対象におこなわれることが多いようです。したがって,「一年次教育/初年次教育/フレッシュマンセミナー」とも呼ばれます。しかし,学生の学びの問題は,各学年それぞれに独自の姿を露呈します。学び支援プロジェクトは,1回生だけを対象として限定せず,大学生全体を対象とします。
授業は,「学生を大学で勉強させたかったら,いったん勉強のことは横に置き」「学生自身の生きる世界から出発して,そこから大学とは自分にとってどういう意味があるのか,学業は自分にとって何なのか,を位置づけさせる」ことをねらいます。「勉強をしなさい」などと,大学側の期待を無理矢理押しつけない点に特徴があります。
大衆化した時代の大学生にとって,学業が大学生活や人生のもっとも重要な要素となることはそう多くないでしょう。クラブやサークル,アルバイトやボランティアなど,他の様々な活動の1つとして学業が位置づけられるのが一般的です。
しかし,このことは大学生が学業をどうでもよいものだと思っていることを必ずしも意味しません。大学が学業の場所だということは,大学生自身がいちばんよく知っているのです。それでいながら彼らが学業に専心できないのは,多くの場合,大学での学業がいったい何の役に立つのかわからなかったり,自分はそもそもなぜ大学にいるのかということが曖昧であったりするからです。あるいは,学業の意味はわかっていても,ついつい楽しい方へ流されてしまったり,やらなければならないのはわかっていてもやる気がしなかったりするからです。
「学び支援プロジェクト−大学生活編−」は,学生の生活世界から自由に出発して,こちらは勉強しなさいとか学業は大事だとかまったく言わない中で,学生に「大学とは自分にとって何か」「大学で自分は何を学ぶか」ということを考えさせようとする授業です。
・コース・イントロダクションをシラバスにそっておこないました。 徹底的な学生参加型の授業なので,受け身で,聞いているだけの講義を期待している学生は受講を遠慮して欲しいことを強くいいました。 このイントロダクションで,50半ばいた授業希望学生のうち約10人は教室を出ていきました。
・次に,小グループを6人単位で作りました。学部や回生,性別などに留意してこちらでグループ案を提案し, よく知った者ばかりで集まっている班には,他の班の学生とトレードを促し調整しました。
[授業者ひと言]
せっかく学生同士の議論の場を作るのだから,普段からよく知った者同士ではなく,できるだけ知らない人と交わるように配慮しました。
・第2回目の授業は,テキストと配付資料をもとにして,「大学生論」を簡単に概説しました(テーマは以下参照)。 そして,「今日の講義を受けてあるいは参考資料を読んで,考えたこと,興味をもったことを何でもけっこうですので, あなたが考えるところを自由に考察してください」というレポート課題を出しました。 ここで学生たちは,講義の内容から自分の関心にあったテーマや内容を取り出し,自由に考察することが求められました。
表 「大学生論」講義内容
【章末】学生レポート
- 社会の目とずれた大学生の姿(レポート3)
- 大学生活ってむずかしい!(レポート4)
- 自分の足で立つことができない大学生(レポート5)
- つまらない大学生活,しかし明るい未来(レポート6)
- 頑張って大学に入ったのに卒業して結婚?(レポート7)
- 意外に無難なビジョンを持っている大学生(レポート8)
【第7章】プロジェクトを終えての雑感
- 見かけでは判断できない大学生の姿
- 責任追求型因果論から責任保持型物語論へ
- アイデンティティ早期完了型はなぜ批判されるのか
- 大学生は堕落するばかりか
- 青年期終焉論への反論
(注)各内容はテキスト『大学生の自己と生き方』より
[授業者ひと言]
この段階では,「大学生活」や「大学生」ということに関するレポート内容であれば,何でもo.k.だと授業者としては思っていました。たとえ客観的な現代の若者論・大学生論を書いてきても,後でディスカッションをし始めると,自分はどうだということをどうしても言わなければならなくなってきます。ですから,はじめの取っかかりは「関心のあるテーマを選んで自由に考察しなさい」とだけ言ったのでした。
・第3回目の授業では,同じ班で3人グループをつくり,書いてきたレポート(⇒工学部1回生・女子の例) をもとにディスカッションをおこないました。その際に注意したのは,以下の点です。
1)グループと座席表
8班(基本的に6人×8班)ありますので,何班はどこの椅子に座る,といった座席表をあらかじめ教室前に掲示しておきました。
2)アイスブレーキング
学生たちにとっては初回のディスカッションなので,名前,学部,回生,クラブやサークル,趣味などの自己紹介を 5分程度はさみました。ネームプレートもつけさせました。
3)発表内容を「発表前に」構成させる
各自考えたいテーマや問題意識をレポートに書いて持ってきていますので,それをグループ内で発表するための 構成を考えさせました(10分)。その際に,3点の留意点( (1) 主張点の明確化(自分は何を言いたいのか), (2) 論理性(なぜそう言えるのか,話の起承転結), (3) 実証性(ただそう思うだけになっていないか?))を提示しました。
4)一人一人が発表者
ディスカッションは3人でおこないますが,各自が発表しそれに対する意見をもらえるようにしました。 1人の発表時間は10分。×3人で30分時間を用意し,それが終わったら,10分程度自由に質疑応答。
[授業者ひと言]
たかだか10分の発表ができない者半数!5分くらいで発表が終わってしまい,ぼうっとしている学生が何人かいることから事実を発見(何のために10分もとって発表内容を構成させたのか!)。ある学生は,「先生が発表時間10分と言いましたが,途中で発表が終わってしまって,何もすることがなく残念でした」などとまるで他人事&授業者 への糾弾!
ちなみに,この問題は後々まで尾を引き,2回後の授業の冒頭で全体で取り上げることとした。つまり,10分の発表が短いという人と長いという人との差はどこにあるのか,学生からの意見を求めたわけである。授業者としては,なるべくこうしなさい,とかああしなさいなどと言わないこととし,すでにできている学生の声を通してどうしたらいいかを学生に考えさせるようにしたのである。10分が短いという学生の多くは,聞いている相手の反応を見ていると,補足や追加,言い換えをしなければならなくなるのが普通。それをやっていると,10分では短いくらいだ,と述べた。また,発表しながら思考が展開して,発表前には思ってもいなかったことが出てくることもよくあるとのことだった。また,発表は5分くらいで終わるのだが,自主的にすぐ質疑に入っていき, 質問を通して発表内容を補足している者もいることがわかった。 これなどは,自分の頭でどうしたらいいかを考えている例として誉めてあげた。
それに対して,10分が長いという者からは,テーマや問題意識が十分に練られていないこと, 授業で何をやっているか今ひとつ理解できていないこと(与えられる課題がない!),関心のないテーマを選んでしまったこと (自分にとって大事なテーマ,問題意識を挙げなさいとあれだけ言ったにもかかわらず!),などが理由として挙げられた。
授業者は,1人20分の持ち時間(10分発表+10分質疑)だけを決めているので,後はそれをどのように使うか 自分たちで考えなさいと述べる程度にした。
<写真1>3人,6人でディスカッション
・授業が終わったら,その日の振り返りを リフレクションシートに記入させました。 この目的は,(1) ディスカッションをして,「おもしろかった」「うまくいかなかった」「いろいろ考えさせられた」で 終わるのではなく, ディスカッションを通していったい何を考えたのか,何に気づいたのか,を言語化を通して振り返る, (2) 次の授業では何を考えたいか,議論したいかということをその日の振り返りから導き,次の授業につなげていく, ことにありました。
[授業者ひと言]
授業最終日のアンケートでは,このリフレクションシートは一見面倒だが,自分のその日の活動の意義を見出すのに 有効であったと述べる者が多くいました。
・ポートフォリオ:学生たちは,各回の 授業での配布プリント,書いたレポート,リフレクション・シートなど,すべての授業関係資料を,写真2のような ポートフォリオにはさんで整理するよう求められました。写真2は,教室前にファイルを並べている状態で,学生たちは 授業開始前に自分のファイルをとって教室に入るのでした。
なお,ポートフォリオは,各回積み重なって深化・発展する学生の思考(モノの見方や,大学観,世界観)の 軌跡を,文字化・文章化して残す役割を担っていました。学生たちは,授業開始前にこれまで書いた自分のレポートや リフレクションシートを振り返って,その日の授業でのさらなる思考の発展に臨んでいました。
<写真2>ポートフォリオ
[授業者ひと言]
リフレクションシートの中に ポストイットの仕掛けをしました(図1参照)。 学生たちはポストイットに,ディスカッション・グループにおける他の学生に,その日の彼(彼女)の発言や考えに対しての 簡単なコメントや感想を書くことを求められました。授業者は次週の授業までに,宛先の学生のリフレクションシートに ポストイットを貼り替えてやりました。学生たちは,他の学生が自分の先週のディスカッション作業にどのようなコメントを くれたか気になっているので,自ずとポートフォリオを見ます。そのついでに,前回書いたリフレクションシート なども見てしまうから,授業者としてはこれで満足です!ただし,ポストイットには,できるだけ相手の良かった点を中心に 書くように,非難中傷はここではしないよう指示をしました。
・後期は,これまで考えてきたこと,議論してきたことをいったん整理してまとめるところからはじめました。 まとめには,KJ法(写真3)を使いました(第5回目授業)。
・第6回目の授業では,KJ法をもとにして,自分はどのように思考や議論をまとめたのかを発表 (グループ・ディスカッション)。2週間後の宿題として,それをA4,2枚の「原稿」としてまとめてくることが 求められました。その際には,(1) これまでの思考や議論のプロセスがしっかりと記述されること,(2) 思考の深化・ 発展に役だった文献やディスカッションの相手の名前などもしっかりと文中に組み込むこと,に留意するよう指示 しました。
・2週間後の第7回目の授業では,宿題として書いてきた「原稿」を班のメンバーで見せあってお互いに意見交換を しました(第1次意見交換)。授業者は「原稿」を見る観点として,ディスカッションを始めた第3回目の授業から何度も うるさく言ってきた(1) 主張点の明確化,(2) 論理性,(3) 実証性,を与えました。 班のメンバーからもらった意見やそこで起こった議論をもとに,「原稿」を次週の授業までに書き直してくることが宿題と して出されました。
・第8回目の授業では,今度は班のメンバーを入れ替えて,同じ作業をおこないました(第2次意見交換)。 もう一度改稿を宿題として出しました
・第9回目の授業では,みんなの書き直してきた原稿を印刷して冊子にして配布し,皆で読みあって評価しました。 第10回目は,興味のある「原稿」の人の所に自由に質問や議論をしに行くという学会形式のような場を設けました。 教室の配置も,この日はランダムです(写真4)。
<写真4>興味のある「原稿」の学生と自由にディスカッション
・最終回は,評価の高かった学生3人の「原稿」を発表してもらいました(写真5)。
<写真5>最終回・プレゼンテーション
先に見た工学部1回生・女子の最終原稿を一例として載せておきます。 (⇒こちら)。 彼女のように,「やりたいことができているか」「毎日どんな大学生活を過ごしているか」「将来どうするのか」ということを 多少なりとも明確化していくことは,大学での学びのメタを構成する意識として重要です。
私の見ている限りでは,ほとんどの学生は,学び直接の問題でつまづいてはいません。 むしろ,学びそれ自体を意味づける大学生活や将来・人生に向けての日々の活動につまづいているといえます。 『大学生の心理学』は,「大学生」「大学生活」ということで問題になってくる学生一人一人の固有の問題を他者との議論や 作業を通して徹底的に突き進め,最終的には自ずと大学における「学び」の意味,自分にとっての大学の意味を考えさせること を目指す授業でした。この点において,この授業はけっこううまくいったのではないかと思います。
新しい試みですから,問題点・改善点はたくさんあります。
1つは,こちらのねらうゴール(大学における学びの問題)にすべての学生が向かわなかった点です。たしかに, 学生一人一人の「大学生」「大学生活」に関する固有の問題点を徹底的に突き進めることは,大方できたと思います。 それらは,個人個人にとっては切実なテーマであったはずです。しかし,学生によっては,最終的にそれが必ずしも大学での「学び」の問題であるとは限らなかった点が問題だったといえます。
たとえば,「サークル等で忙しすぎることに酔いしれて, 将来のことをあまり考えていなかったり,本を読む時間もない」ということを取り上げた学生がいました(法学部1回生・男子)。 そして,この問題に対する彼なりの結論は,サークルの活動を減らすなりしてもっと時間を作り,読書や将来,自分のことを ゆっくり考えるというものでした。彼の大学生活ということでいえばもちろんこれでo.k.なのですが,授業者としては, ここに大学の授業や学びがどのように位置づいてくるかを考えてもらいたかったように思います。そうでなければ 「学び支援プロジェクト」になりません。本授業は,大学生活の問題から入っていって,最終的には大学での学びの問題を 自分なりに考えることを目指していたのです。今回の授業では,最終「原稿」を学生に仕上げさせる過程に翻弄され, この大事なfinishポイントを逃してしまいました。今後の課題としたいと思います。
2つ目は,ポートフォリオがあまりにも 魅力的ではなかった点です(写真2)。小中学校などでは,ボックスを用意してあげるところが多いのですが, 何せ大学では教室が固定していませんから,学生は毎週持ち運びをしなければなりません。間違いなく,「忘れた」 「無くなった」「面倒だ」という学生が頻出することだろうと考えました。そこで用意したのが写真のようなふつうのファイルでした。 しかし,やはりこれは魅力がありませんでした。使い始めた瞬間,私もこれは駄目だと思いました。もう少し機能的な点を充実させ, 魅力あるポートフォリオを用意できないものか,考えてみます。
3つ目は,授業のタイトルがまずかったように思います。せめて『大学生の心理』くらいにすべきでした。 『大学生の心理学』とつけたばっかりに,最後まで心理学の講義をしてくれると思っていた学生がいて困りました (しかし,シラバスをしっかり読めといいたいですが)。
いずれにしても,finishポイントをしっかりおさえていなかったのが,本授業の最大の問題点であったと思います。 もちろん,半数程度の学生は何らかの形で大学における学びの問題を考えましたが,そのような文脈が出てこない学生も当然いました。 そうした学生への指示を考えておかないと,学び直球でいかなかったことが逆にあだとなるように思いました。来年度の課題とします。










